前回までは検定や指導書の編集といった教科書編集者のいわば「本来業務」の話でしたが、教科書編集者の仕事はそれだけではありません。教科書「採択」に関する仕事もあるのです。教科書は普通の書籍とは違って、小中学校の場合は「採択地区」*1、高校は基本的に学校単位で採択されます。複数の教科書から1点を選び採択するためには、教科書「見本」を見て内容を知り、編集の意図や本の特徴について知る必要があります。教科書会社側からすれば、「見本」を見てもらい、編集意図や特徴を知ってもらう宣伝・営業活動が必要なのです。特に高校の場合、英・数・国等の必修教科では20点以上の教科書が発行されています(最多は2021年度で「コミュニケーション英語Ⅱ」「同Ⅲ」の32点)ので、検討の候補の一つに入れてもらうためにもこの宣伝・営業活動は非常に重要です。
教科書「見本」は検定合格後に文科省へ提出され、その後教育委員会等採択権者に送付されます。また6~7月には「教科書展示会」会場で公開されます。しかし実際には展示会に足を運ぶ人はほとんどいません。高校では採択単位である学校に「見本」を送付・配布することが行われています。基本は1校1冊なのですが、従来は先生方の要望等に応じて複数冊を渡す(献本or貸与)ことも行われていました。英数国や理科・社会の教科では先生が10人程度いる場合がほとんどなので、現実に合わせた対応でした。しかし2015年に起こった「白表紙問題」*2以降、複数冊の献本や貸与はできなくなり、さらに学校への立ち入り自体を禁止する県や学校も出てきました。そのため検討用に「見本」とは別に内容を抜粋した冊子を作製することになりました。また前回説明しましたが、教科書選択の条件として指導書さらに準拠の問題集・デジタル教材等の重要性が高まっており、そのサンプル見本も採択時には必須になっています。それらは教科書会社が入校できない状況に対応するためにも、ネット対応のものも用意する必要があります。それら全てを検定作業と並行し教科書「見本」が送付される4~5月までに準備しなければならないのです。
さらに、生徒用のデジタル教科書の運用が本格化する中で、「デジタル教科書」は指導書や資料集・問題集さらに自習教材や評価のシステムなども含めた「複合商品」となってきています。配信の方法も生徒のPCにインストールするものから学校のサーバ経由さらに外部のクラウド利用のものまで様々です。それらはコンテンツとしては共通するものがほとんどですが、個々に微妙に差があったり編集者の確認が必要であったりします。実際に学校で使用されるものの作成作業は勿論ですが、採用見本としてのサンプル作成の作業も今後増々増加するでしょう。こうして教科書編集の仕事は文字通り「雪だるま式」に増えていくことが予想されるのです。
*1:小中学校の採択は設置者である市町村単位で行われるが、実際には複数の区域を併せた地域を「共同採択地区」として行われる場合が多い。採択制度の詳細については文科省HP参照。
*2:2015年10月31日の新聞記事で、三省堂が中学校校長らに白表紙本を見せて謝礼を支払っていたことが報じられたことから始まる一連の問題。文科省の調査により他の教科書会社でも同様の事実があったことが公にされ、これを契機に白表紙本への管理が強化されただけでなく、文科省の定めた対象・数以外の「見本」の献本・貸与が厳しく規制され、教科書会社の学校への立ち入り自体を禁止・制限する所も増えてきた。詳しくは出版労連「教科書レポート」No.59・60・61参照。