『上方落語ノート』第一集~第四集/桂米朝 著(岩波現代文庫 2020年3月~7月 岩波書店発行)

落語の歴史は古いが、現在の上方落語の隆盛は桂米朝に負うところが大きい。上方落語の中興の祖の一人であり、1996年に人間国宝になった。桂米朝の噺はCDやDVDで楽しめる。見台を前に演じる姿は端正で語り口は清々しい。

本書を読めば桂米朝が演じ分ける人物や生活の情景がまるで目の前で起きているように錯覚するほどのリアルさは長年の研究の裏付けがあってのことだと得心できる。庶民の喜怒哀楽、色恋や人情の機微を生き生きと語る落語の面白さ、魅力と深さより理解できる。上方芸能で表現される生活や言語、風俗などの時代考証の研究資料であり、市井の文化を後世に伝える情報としても興味が尽きない。

出版不況下、版元が消えて多くの出版物が絶版となるなかで、幸いなことに本書は岩波書店に引き継がれた。過去の貴重な出版物に陽を当てたこと、しかもビジュアルでもデジタルでなく文庫での出版である。産業状況が様変わりしているいま、出版の社会的、歴史的な意義とそれを担う出版社の役割をも考えさせられた全四集の『落語ノート』である。(本の仙人)