オリンピックとメディア  ~世論と報道の実態は何を意味するのか<Part1>(5月9日付「しんぶん赤旗」、5月5日付「ワシントンポスト」コラムから)

東京オリンピック・パラリンピックが7月に迫っている。一昨年の12月に発生した新型コロナウイルスは瞬く間に世界中に拡がった。日本でも感染防止のため、昨年4月に緊急事態宣言が出され、昨年開催予定の4年に1度のオリンピックは1年延期となった。この未知のウイルス感染で、当初から1年延期しても開催できるか否か危ぶまれていたが、この間にウイルスが変異した一方でワクチンの開発は遅れていて世界中でコロナ感染地域が広がり続けている。世界ですでに感染者は1億7千万人、死者は350万人で、日本の感染者は70万人、死者は1万2千人になっている。

世界中が恐怖と混乱に陥っている状況下で、オリンピックの開催はさらなる感染拡大の危険性を孕んでいる。緊急事態宣言を出さざるを得ない状況であっても、オリンピックを開催したい菅内閣のブレーンは、感染者が70万人でも「さざ波」程度と言い放った。コロナで一変した社会情勢に対する菅内閣の認識は世界からも呆れられている。

共同通信が5月15~16日に実施した世論調査で、菅内閣の支持率は41%、不支持は47%であった。同じ世論調査でオリンピック開催方法に関する選択肢で60%がオリンピックは中止すべきに集中している。もっとも新しい世論調査では国民の80%が中止と延期した方が良いと答えている。別項で仮に開催した場合についての質問では58%が感染拡大が不安と回答している。他の調査でも同様の結果が出ている。

世論調査の結果は、もちろんオリンピックを否定するものではなく、今、この状況下でコロナ対策よりもオリンピックを優先することへの不信や不安や怒りであり、国の予算を国民の安全な生活を守るために使うべきだという当然の思いである。また、菅内閣の不支持率の急増は無為無策に対する痛烈な批判といえる。

こうした世論や命や生活に関わる切実な声をメディアはどのように扱っているのだろうか。筆者が注目するのはその点である。確かにTVのワイドショーや新聞はコロナ感染者の数や病院の対応を報じている。しかし医療制度や医療現場の問題を扱う機会は少なく、コロナ禍で困窮している弱者も取り上げるケースも少ない。コロナ禍によって生じている社会的な格差に目を向けていない。メディアが世論に迎合する必要はないことは言うまでもないが、コロナ対策が不十分のままオリンピックを開催しようとする国や東京都の対応に対して、諸外国のメディアがそのリスクと中止を主張していることを紹介しながら、本家本元の日本のメディアが口をつぐんでいるのを疑問に思うのは当然である。(続く)