山麓の小さな村 図書館が育む文化と司書の役割(3―③)

出版研究室(原村分室)橘田源二

いま、出版関連産業は苦境にある。コロナ禍でリモートワークやおうち時間が増えて、その余波で売れた書籍もある。棚の工夫で売り上げを伸ばしている書店が話題になったりする。しかし、書籍、雑誌の売り上げはピーク時には到底及ばない。デジタルの売り上げが増加していることもあり、出版不況は底を打ったとの見方もあるが先行きは不透明である。いずれにしても版元、取次、書店の三位一体の出版関連業界の構造改革が迫られていることに変わりはない。とりわけ全国で書店数が激減している現実は深刻である。

以前、出版研究室や「出版人の会」でも取り上げて論議した「NHKスペシャル AIに聞いてみた どうすんのよ!?ニッポン 第3回 健康寿命」(18年10月放送)という番組は大変興味深いものであった。全国の41万人を対象に、生活習慣など600項目を質問して得た回答をAIで分析し、健康長寿の人たちは「本や雑誌を読む人が長寿」だという回答結果になった。番組では、全国の都道府県ごとの人口と図書館数も紹介された。人口10万人当たりの図書館数では山梨県が6.6館で最多、全国平均は2.6館。健康寿命では男性が1位、女性は3位という結果が紹介されていた。読書は健康長寿の妙薬であり、AIは人生100年の時代に読書の効用を説いた。しかしながら、一概に図書館数が多ければ健康寿命が延びるのではなく、入館者や貸出率も考慮する必要があり、それは図書館の広報活動や司書の役割が大きな要素になると思える。読書の習慣は一朝一夕では身につかない。乳幼児期から本に接する機会が多くあることに越したことはない。この点でも原村図書館の地域環境をもとにした読書活動が村全体の文化の礎をつくってきたと言えそうである。これを裏付けるように原村図書館の貸し出し率は県内でも常に上位に位置している。

蓼科山を望む原村の朝

*:憲法と表現の自由を考える出版人懇談会」の略称。2007年、憲法なかんずく21条の形骸化に危機感をもった出版人が集まってできた懇談会。発足の趣旨分に「出版活動に携わる者として、いまこそ憲法の主権在民と平和主義の理念をふまえ、憲法21条を軸として、言論・出版・表現の自由を主張することが重要になっていると考えます」とあります。(「出版労連第127回定期大会議案書」より)

50年この方東京で出版に携わり、出版研究室では出版不況や流通問題、書店の現状や図書館の役割等々の産業課題を研究テーマにしてきたが、書籍や雑誌が買えないことはなかった。出版物は文化を創造、担うもので誰にも平等でなければならない、そのための再販制度であり、憲法の21条がある・・・理屈は確かにそうである。しかし、書店が無ければ「背に腹」で通販(アマゾンなどの問題点を指摘しておきながら)を使うしかないのが実情である。しかも、全国で書店数が激減している。この理屈と現実のギャップに困惑していた時に、信濃毎日の書評は天啓だった。

宮坂さんが書評のリードに書いた「平等に本を届けたい」という思いを受けて、原村の子どもたちの心は豊かに育っていくと思える。活字よりもデジタルで・・・誰でもネットやスマホのいま、とりわけ学校図書館や公共図書館のあり方が問われ、司書の役割が重要になっている。

 

出版社の人たちが本をつくり、取次、書店をとおして読者に届く。そのシステムが危機にあり、書店がなければ図書館の役割が大きくなる。私に限らず本稿の読者は必要があれば国会図書館にも行き、目的の資料を調べることができる。が、地方にある原村の図書館は住民の読書要求に応えて本を平等に届ける役割が大きい。出版産業が大きな変革を求められている今こそ、出版に関わる人たちが読者との接点となる地方図書館に足を運んで、職員の努力や読者の声を知って欲しいと思う。そこに文化を育む出版の役割と図書館の力を感じた次第である。(終わり)