デジタル時代を切り開く「ひとり出版社」(「日経MJ」 2021年9月6日付「『ひとり出版社』の業務支援」)

出版社というのは何人のスタッフがいて成り立つものなのか、ご存知だろうか。一般の方々と話すと、「5人? いや、最低3人ぐらいでも行けんじゃね?」などと言われる。社長がいて、雑用から編集まで何でもこなす編集者がいて、雑用から営業まで何でもこなす営業がいて、この3人で回るのではないかと。いいセン突いている。

出版労連が毎年初夏に行なっている出版技術講座で新人の皆さんに聞いても、3人ぐらい説は意外と多く、つまりは会社という業態は3人から、という固定観念は根強いのである。

もちろん仲間を募って3人ぐらいで立ち上げたという事業体は、出版界には多い。編集者は、「自分には営業なんて無理だ、頼む」と営業経験者を頼り、事業資金を当てにして社長も立てないとと、だいたい3人ぐらいが集まるものであるらしい。大半が中小零細企業からなる出版界においても、「ひとり出版社」という存在は、かつては稀だった。

だが、ご承知の通り、会社というものは資本金1円でも、ひとりでも立ち上げられるのであり、なかんずく出版活動というものは、株式会社や合同会社という事業体をなしていずとも、個人事業主でも参入できる。

1995年のWindows95以来のデジタル化は、出版界をひと口で呑み込んだが、すべての出版関連業務もPC一台に呑み込んでしまった。それまで紙と鉛筆で仕事をしていた編集者はPCで本を作り、それまで電話を掛けて電車で出かけていた営業マンもPCに向かっている。小規模な出版業務全般を全部ひとりでできるようになったのが、21世紀初頭といえる。引き続く「出版不況」で、売り上げが減少した3人出版社から営業が退社し、編集者すら脱落して、社長ひとりが在庫を細々と売り続けながらフリーランスの編集者に依頼して新刊制作も粛々と行っているケースもあるだろう。

そもそも減少を続ける印刷メディアの売り上げを補っているのが、制作から販売までデジタルで完結する電子書籍なのである。つまり、出版活動はPC一台、シェアオフィスの一角からひとりでもできる時代になったのである。従来は最大の障壁であった取次口座も、中小零細でも開設してくれる社が複数ある。もはや「ひとり出版社」は珍しい存在ではない。1冊の本が大手出版社の刊行物か、それともひとり出版社から上梓されたかに、差別はあっても区別はない。信念の赴くまま、熱量の高い本づくりと、一人でも多くの読者に届けたいという確信を体現した本と版元は、じわじわと増えているのである。

とはいえ、今もって版元と取次と書店を繋ぐコミュニケーションツールはファックスである。こればかりは21世紀といえど変わらない。ファックスは、行って返って2日間、倉庫を探して2日間、発送して2日間。書店に届いて読者が手にするまで、数日間を要する。リアル書店の書籍販売とは、肩までどっぷりアナログにつかった業態でもある。

2021年9月6日(月)付けの日経MJ 紙に「ひとり出版社」の業務支援という記事があった。当記事では、電子書籍の売上集計や著者への印税報告をWeb上で管理できる「スマートパブリッシング」、出版社の営業を支援する「一冊!取引所」、版元と書店をダイレクトに繋ぐ「書店むけWeb商談会」を紹介している。孤立して販売チャネルに恵まれななかったり、出荷から返品処理から経理までひとりで行うひとり出版社では、デジタルツールなしには業務は立ちいかない。こうした層に向けた業務支援は、個性ある出版物創造の背中を押すに違いない。さらには、制度疲労が言われて久しい出版産業の根幹をなすシステムをいずれは揺るがすはずである。