『遠い朝の本たち』須賀敦子・著 (2001年/ちくま文庫)

エッセイストでイタリア文学者の須賀敦子は1929年に生まれて1998年に亡くなった。戦争中は疎開経験もあるが、24歳のときにヨーロッパに行き、後にイタリア人と結婚した。イタリアでの生活を『ミラノ霧の風景』『コルシア書店の仲間たち』など多くのエッセイに残しているが、死別後は日本に戻りイタリア文学の翻訳などをした。
本書は須賀敦子が幼年時代からの自分を振りかえりながら、家族や友人たちとの交流とその時々に読んだ本が紹介されている(初版は1998年筑摩書房から単行本)。戦後、まだ日本の社会、経済が混乱していた時代にたくさんの本に囲まれていて、それは絵本や児童文学に限らず海外の翻訳ものなども読んでいる。母親は本好きの敦子を「本に読まれる」と言ったことがあるそうだ。また、ある時、友人のお姉さんが或る本の誤訳を指摘したのを聞いて、言語で読みたいと思ったというエピソードもある。これが外国語への興味になり、実際に海外留学の動機に繋がっていく。当時、たくさんの本に囲まれていて、海外留学に行けるような家庭は多くない。経済的な条件も揃っている。誰にでもできる環境ではないが、確かに本が須賀敦子を目覚めさせ、終生まで文学を糧にした生き方をさせた。
筆者は須賀敦子の随筆などでイタリアの生活や文化の一端を知り、1996年にミラノに行った。それから2年後に須賀敦子が亡くなった。直後に本書が出版されて、20世紀を瑞々しい感性で生きた女性を育んだたくさんの本を知った。
21世紀の新自由主義のもとで貧困が拡大している。文化も教育さえも危機にあるとき、あらためて本の力が必要になっていると思う。文庫版の帯は「それは私の肉体の一部となり精神の羅針盤となった――」。没後20余年、本棚の片隅にあったので読み返した本である。(本の仙人)