香港で始まった「新たな日常」(出版研究室から[35])

新型コロナウイルス問題を契機に、政府は「新たな日常」という言葉を使い始めた。しかしこの数年、毎年流行するインフルエンザの他にも、SARS、MERSなどの感染症流行の不安に、私たちはさらされてきた。

さらに、毎年のように、「数十年に一度」という修飾語が付けられるほどの大雨や暴風、台風などの恐怖に脅かされてきた。これらは、環境汚染や温暖化など、地球環境の変化の影響だと、何年も前から言われている。だから、これからも今年のような新型コロナウイルスの感染拡大は起こるかもしれない。

そう考えると、ここにきて「新たな日常」という言葉を使い始めた政府の意図を勘繰らざるを得ない。「新たな日常にふさわしい新たな憲法の制定を」とキャンペーンを始めるかもしれない。

しかし、そんな勘繰りをしているどころではない「新たな日常」が、この東アジアで始まってしまった。それは、「香港国家安全維持法」が施行されたことだ。報道によると、香港独立を訴える旗などを持っているだけで逮捕されたり、対象となる「犯罪」によっては実行に移さなくても摘発の対象になったりするそうだ。さらに、香港に居住していない外国人も摘発の対象になると言われている。

この法律の施行によって、香港の民主化運動を主導していた若者たちの身の安全が気にかかる。私たちは日ごろから表現の自由の重要さを訴えて活動しているが、彼らのように直接的な身の安全を脅かされる状況にはない。今私たちにできることは、表現の自由を堂々と主張できる日本国内から、この悪法を批判し、撤回を訴えることだろう。中国政府が何と言おうと、私たちの表現の自由は、日本国憲法で保障されているのだから。

(出版研究室主任研究員・前田能成/『出版労連』2020年8月1日‐1577号より)