正解のない問いっキツいけど(出版研究室から[30])

最近、これは気をつけねば! と思ったこと。

卯城竜太さん(芸術家集団「Chim←Pom」メンバー)の記事を読んでたら「市民と権力から非国民と糾弾されたゲン(『はだしのゲン』)の父の方が、後から見るとまっとうだった。そこから僕は、いまを未来から見る視点を学んだ気がします」(「朝日新聞 オピニオン&フォーラム」2020年2月18日)

ほんとに、ほんとに、そのとおり! と思うけど、実際は……? いろいろなことにちゃんと向きあえてる?

「なんで本作ってるの?」「なんのため?だれのため?」「なんでその本なの?」「なんでその表現なの?」「なんでその売り方なの?」

考えすぎるとドツボにはまりそうだけど、考えないと、ただ本の形になったものを見てOKとしているだけになりそうで、こわい。

卯城さん、表現の自由はこの瞬間だけのものじゃないんですね。人間の歴史とセットで続いているものなんですね。過去は変わらない。でも未来はどうなる? そして未来から見たいまはどうなんだろう?

正解のない問いってキツイけど、でもやっぱり考えるしかないんですよね、表現ということに日々接しているわけですし。

そうそう、出版研究室では「出版人」という言葉がよく出ます。こんな言葉、私、昨今ほかでは聞いたことがありません! 正直、自分が「出版人」って言えるほどなのかもあやしいし……でも卯城さんの言葉は、表現が自覚をもたらしてくれることもあるんだよね、とも思わせてくれました。

「出版人」のみなさん、とりあえず、どんなふうに本と向き合ってます?

(出版研究室・當田マスミ/『出版労連』2020年3月1日‐1572号より)